さて、もうひとつ、勇樹さんには課題がありました。
それは奥さんに責められたりしても、言い返したり怒ったりできないことでした。
「どうして怒れないと思いますか?」と聞くと、
「自分でもよくわからないんですが、仕事では後輩に怒ったりできるんですけれど、嫁に感情的にワーッと言われると、頭が真っ白になって何も言えなくなっちゃうんです」
とおっしゃっていました。
お話を伺っていくと、これは昔からのようで、今まで付き合った彼女にもあまり怒れなかったそうです。これも彼が持っていたパターンでした。
お互いに言いたいことを言い合える関係になるためには、このパターンを変えていく必要があります。
それは、今後の2人の関係をより良くするためにも、奥さんに男として見てもらうためにも必要なことでした。
そこで、セラピーの一環として、彼女に言いたいことを伝えていくようなロールプレイングワークをしました。
私から5歩くらい離れた場所に勇樹さんに立ってもらいます。
私を奥さんと見たてて、言いたいことを1つ言ったら1歩進む、という疑似ワークです。
心はとても単純です。例え、疑似体験だとしても、そこで感じる感情を心は「本当のこと」と捉えます。
そうして、心に成功体験を植え付けていく(※ここでは「奥さんに言いたいことを言えた自分」という感覚のこと)ことで抵抗感が薄れ、実際にも彼女に言いたいことを伝えやすくなるのです。
こういう疑似ワークはどれだけリアリティを感じられるかが重要になってくるのですが、勇樹さんは元来とても素直な方なので、そこは心配いらなかったようです。
しっかりと奥さんへの気持ちを感じてらっしゃいました。
(こういう疑似ワークは表面的にこなすこともできます。しかし、それはただこなしているだけであり、感情は動いていませんので何の効果もありません。セラピーでは感情を動かしていくことがメインになるからです)
彼の中から奥さんに対するさまざまな気持ちが出てきました。
自身の浮気を謝り、あまり家事を手伝わずにいたことを謝罪する言葉。
浮気は嫌だ、どうして?という気持ち。
子どもを産んでくれてありがとうという感謝。
離婚しても再婚をするつもりはないという意思。
そして、最後に出てきた言葉は「愛してる」でした。
心の奥底では奥さんを愛しているんだなぁとしみじみ思ったものです。
そして、いくつか男としての魅力をアップさせるための宿題を出して、カウンセリングは終了しました。
終わった後、勇樹さんは「今日の夜、奥さんに言いたいことを言ってみようと思います」とスッキリした顔で帰って行きました。
6.話し合いによる決裂 へ続く