運命とは皮肉なもので、なかなか当人を安心させてくれないようです。
2回目に面談カウンセリングに来られたとき、状況はますますひどくなっていました。
まず、前回のカウンセリング後、奥さんに手紙を渡したところ、笑顔が増えてよくしゃべるようになり、メールもすぐに返信してくれるようになりました。
手紙にはメールで返事がありました。
浮気については謝ってくれたそうですが、勇樹さんをもう男として見れないこと、でも家族としてやっていきたいと思っていることがつづられていました。
それを見て、彼は少なからずショックを受けたそうです。
でも、『自分を磨いて魅力をアップさせれば、また男として見てもらえますよ』という言葉を希望にして、カウンセリングを受けながらじっくりやっていこうと思ったそうです。
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それから10日ほど経ち、まだ奥さんが浮気相手と続いているんじゃないかという気配がありました。
再び秘密のノートを見ると、そこには浮気相手と会ったことが書かれており、頭が真っ白になると同時に、ものすごくショックをうけたそうです。
家族としてやっていきたいと言った彼女を信じていた分だけその衝撃は大きかったようで、もう信じられない、怒りをぶちまけてやりたい、離婚したいという気持ちが込みあげてきました。
しかし、それは怒りに駆られた衝動的な気持ちであって本心ではありません。
やり直したい気持ちもやはり勇樹さんの中にあるのです。
<< ルーツを癒す >>
今回の心理療法(セラピー)では、勇樹さんの中のもっと深い部分を扱うことにしました。
話を聞いていると、彼は『我慢』や『無理』をしがちで、自分をないがしろにしていることが多かったのです。
それは過去の恋愛でも出ていましたし、普段の生活のちょっとした部分に出ていました。
私たちが無意識的についやってしまう行動を『パターン』と呼びます。
例えば、いつも結婚寸前になると相手と別れてしまったり、いわゆるダメ男ばかりと付き合ってしまうのも、その方が持っているパターンなんですね。
それは育った環境によるものだったり、心の傷となった経験によるものだったりと、必ず原因があります。
勇樹さんの家庭環境を聞いていくと、経済的に苦しい中でも頑張って育ててくれた両親を見ていたことで、彼らに迷惑をかけたくない、自分ができることなら何かしたいという想いを抱えながら育ってきたようです。
なので、高校生の頃から自分のお小遣いはバイトで稼いだり、高校卒業後は働きに出たりと、幼い頃から自立されていたようでした。
その分、どこか実年齢よりもしっかりし、大人びていました。(勇樹さんは当時26歳でした)
この勇樹さんの中にある我慢や無理をするパターンを癒していく必要がありました。
大切な誰かのために我慢をしても、周りは喜びません。無理や我慢をさせてしまったな・・と思うだけです。
あなたが幸せになった姿を見て初めて、周りは、「ああ、良かったなぁ」と喜ぶのです。
なので、まずはあなたが幸せになることを目指してほしいと、彼にはこんなふうにをお伝えしました。
「勇樹さんは、どこか頑張りすぎてしまったり、無理をしてしまう部分がありますよね。自分だけが我慢すればいいやと、ご自分を大切にされていない面があるんです。
そして、お話を聞いていると、奥さんもどこか同じように我慢しがちです。今の現状は、そうやってお互い自分が我慢すればいいやと、言いたいことを言わなくなった結果でもあります」
「確かに今まで自分だけが我慢すればいいかって思うことはたくさんありました。そして、色んな友達に相談してわかったんですけれど、うまくいってる家庭って、お互いが言いたいことを言い合えてる夫婦みたいで、それはうちらにはなかったなぁと思いました」
そして、彼の我慢や無理してしまうパターンを癒せるようなセラピーをしました。
それは、インナーチャイルドセラピーと呼ばれるセラピーで、過去のトラウマや子どもの頃に傷ついた経験を癒す際に使われる手法です。
彼のパターンのルーツを探っていくと、彼の中に寂しいのをずっと我慢している小さな男の子がいました。
寂しいと言ったら、お父さんに迷惑がかかると思ったんでしょうね。寂しさを口に出さずにじっと一人で我慢していました。
その頃に抱え込んでしまった想いをセラピーの中で癒していきます。
インナーチャイルドセラピーをすると、彼の心の中から、お父さんとはぐれて2時間くらいじっと一人で耐えているイメージが出てきました。すごく寂しそうで、でもそれを我慢している男の子です。
勇樹さんに「その子に近付いていってあげてください」とお願いしました。
そして、イメージの中で、その子が十分に安心できるまで、「お兄ちゃんがいるから大丈夫だよ」声をかけてあげたり、抱きしめてもらいました。
その子が安心できたら、一緒にはぐれたお父さんにイメージの中で会いに行きました。
お父さんは仕事をしていて、忙しそうです。
その子に「お父さん、忙しいところごめんね。ちょっと話を聞いてほしいんだ・」と言ってもらいました。
でも、今は仕事中だからと断られ、その子は余計に寂しさを感じてしまいます。
「お父さんは仕事だし・・」と、寂しさを我慢している様子です。
「その子に、『お父さん、寂しいよー!』と背中を向けているお父さんに大声で叫ばせてあげてください。」
彼の中にすごい抵抗が出てきました。ずっと寂しさを我慢していたので、それを口に出すことは彼にとって最大のタブーでした。
言いたくない・・という葛藤が伝わってきます。ですが、敢えて、もう一度お願いしました。
「きっと、その子はずっと寂しいっていうことを我慢していたと思うんです。ずっとずっと、寂しさを我慢してましたよね。寂しいって言ったら、お父さんに迷惑がかかるんじゃないかって思っていたんじゃないでしょうか。でも、今日はそれをその子に許してあげてほしいんです」
強い葛藤を乗り越えて、声をなんとか振り絞りながら、
「おやじ・・ 俺・・ずっと寂しかったみたいだ・・」
と、お父さんに伝えてくれました。
「それを聞いて、お父さんはどんな顔をしてますか?」
「すごくビックリしています」
「それはなぜだと思いますか?」
「きっとそんな風に思ってたとは、思ってもなかったからだと思います」
「では、少しずつお父さんに近付いていってもらって、お父さんにその子を抱きしめてもらってください」
「はい」
「その子はどんな様子でしょうか?」
「すごく泣いてます」
「それを見てどんな風に思いますか?」
「すごくよかったなぁって思います」
「では、泣いているその子とお父さんをしばらく見ながら、曲を数曲かけますので、ちょっと今の気持ちを感じながら聞いてみてください」
お父さんへの感謝と敬意の気持ちを歌った曲を何曲かかけました。彼の目から次々と涙が溢れてきます。
彼はとてもお父さんを尊敬されていました。父の背中を見て育ったんでしょう。彼がやりたいお仕事も、お父さんがされていることに近い仕事でした。
彼は後で今回のことを振り返ってくださったときに、幼い頃の記憶が蘇ってきたとおっしゃっていました。
「小さい頃、土日はずっとおやじの仕事に付いていってました。それをすごく楽しみにしていたんです。でも、小学校低学年くらいのときに、『上に言われて、もう一緒に連れて行ってあげれないかもしれない・・』とおやじに言われたんです。
すごくショックでした。きっと泣いたと思います。そのことを思い出して、俺って、実はすごく寂しさを抱えてたんだなーと実感しました」
こんなふうに、小さい頃から抱えていた想いを発見し、感情で理解したときに初めて、深いところで自分自身とのつながりを感じることができます。
特に自立した男性は、弱さをとても嫌います。そして、傷付くようなことがあると、もっと強くならなければとますます自立してしまうのです。
しかし、自分の中にある弱さや寂しさを認め、それを受け入れたとき、はじめて本当の強さを手に入れることができるのです。それが、不思議と目に見えない自信にもつながっていきます。
すると、無意識になんですが、どこか雰囲気が変わったり、考え方に変化が訪れたりと、少しずつ変わっていきます。
この辺はとても説明するのが難しいのですが、
「あれ? 前となんだか感じ方が違うかも……」
とどこか感覚が変わったことに気がついたり、周りにも言われたりするようです。かといってすぐに状況が良くなるわけでもなく、さらに、自分自身を試されるような過酷な状況が訪れることも少なくありません。
まだまだ、この時点では気が抜けないのです。
5.パターンを変える へ続く