3.執着を手放す

奥さんの浮気と離婚を乗り越える

さて、勇樹さんはすっかり奥さんから男性として見られていませんでした。

そのため、彼女に対してどうしても依存的にならざるを得ません。

しかし、他の男性に目がいってしまっている状態では、彼の存在は彼女にとってうざったく感じてしまうのです。

対して、浮気された方はなんとなく自分を見てもらえていないような、自分だけが相手を好きでいるような感覚がします。

それは、惨めさ、嫉妬、無価値感といったあまり感じたくない感情ばかりです。

まずはこの依存状態から抜け出すことを目標としました。

勇樹さんの中に、奥さんに対する強い執着がありました。

浮気されたことにより、自分がこれほどまでに彼女を好きだったか改めて思い知らされたようです。

執着は相手が逃げないように縛り付ける鎖のようなものです。

鎖は不安の象徴であり、縛られている側は身動きが取りづらく、あまりいい思いをしません。

また、縛り付けている側も、逃げてしまわないだろうかという不安や怖れでいっぱいになり、全く安心できません。

これではお互いに苦しく、幸せとはほど遠い状態です。

なので、まずは彼女に対する執着を手放し、お互いが楽になることを目標としました。

また、勇樹さんの中にはお子さんに対しても強い執着心がありました。お子さんの話しになると、

「あの子と離れるのは本当に辛いし、離れたくないんです・・」

と涙をポロポロとこぼされ、お子さんをとても大事に思っているのが強く伝わってきました。また、

「離婚して、子どもを引き取ったとしても、絶対再婚はしたくない。子どもには、母一人、父一人だけがいい。」

という強いこだわりがありました。何かに対しての強いこだわりは問題を解決していく上で妨げとなってしまう場合があります。

『木を見て森を見ず』という言葉のように、物事の一部分に気を取られてしまうと全体が見えなくなってしまい、進むべき方向を見失うことがあるからです。

なので、勇樹さんには、奥さんとお子さんに対する執着を手放すセラピー(心理療法)を提案しました。

「もし、お二人が付き合っている状態だったら、とっくに振られていますよね。なので、まずは、奥さんを手放し、また新たな関係を始められるように、お互いを自由で楽な状態にさせてあげましょう。そして、彼女に惚れ直してもらえるように、勇樹さん自身の魅力をアップしていくことを目標としましょうね」

こんな前置きをさせていただき、心理療法(セラピー)に入っていきました。

 

<< 奥さんと子どもを手放す >>

まずは、奥さんへの感情を感じてもらうため、曲を数曲かけていきます。失恋の痛みを歌ったものです。

セラピーでは、抑圧していた感情を感じられるように、J-POPなどゆったとした曲をかけながら感情を解放させていきます。

彼女をまだすごく好きなこと

もう一度やり直したい気持ちがあること

何でこうなる前にもっと大切にできなかったのか・・

すでにお子さんのことで感情が高ぶっていた彼は、歌詞に刺激されて、つぎつぎと涙を流されていきます。

そして、いよいよ奥さんを手放す段階に入りました。

「心の中に奥さんと手をつないでいるイメージをしてください。お互いが自由になって新しい関係を始められるように、今日は彼女を手放す日だと思ってください。なので、彼女の幸せのために、辛いとは思いますが、彼女を自由にしてあげて欲しいんです。」

「はい」

「奥さんを幸せにしてくれる神さまが2人の前にやってきた、と思ってください。そして、神さまに彼女を手渡して、こう言って欲しいんです。

『彼女をお願いします。彼女を幸せにしてやってください』

と。できれば口に出していってください」彼は言葉にするのを少しためらっていました。葛藤が伝わってきます。

奥さんを手放したくない彼にとって、口にするのがとても辛い言葉です。ですが、彼女を手放すためには必要な言葉でした。

少し経ってから、彼は涙ながらに言ってくれました。

「こいつをお願いします。こいつを幸せにしてやって下さい」

まだ声の中に葛藤がみえました。まだ、彼女を手放したくない気持ちが残っていたので、「もう一度言ってください」とお願いしました。

「こいつをお願いします。こいつを幸せにしてやって下さい」

今度はさっきよりもハッキリした口調になっていました。だけれど、まだどこかに葛藤が見え隠れしています。

「もう一度お願いします」

「こいつをお願いします。こいつを幸せにしてやって下さい」

3回目はしっかりした口調で応えてくれました。そこから、勇樹さんの奥さんを手放す決心が伝わってきます。手放す準備ができたようです。

「今、神さまが奥さんを連れて、勇樹さんから去っていきます。ゆっくりと、でも、確実に遠ざかっていくの見ながら、それをただただ感じてみてください」

そして、別れた恋人への感傷を歌った曲をいくつかかけていきます。勇樹さんの目からいっぱい涙があふれ出しては流れていきます。

曲が終わった後、「今、どんな気持ちですか?」と聞くと、深い息を吐いて「スッキリしました」としっかりした口調で答えてくれました。

「今そばに誰かが一緒にいてくれるとしたら、奥さん以外に誰にそばにいてほしいですか?」

子どもです」

「今ね、少し心にぽっかり穴が空いたような、寂しい感覚があると思うんです。お子さんがあなたの側にきて、『パパ、大丈夫?』って心配してくれるようなイメージをしてください」

そして、すごくお子さんが大事なこと、ずっと守っていきたいと思っていること、そんな気持ちを感じてもらいながら、またいくつか曲をかけていきます。

曲が進むと同時に少しずつ勇樹さんの表情は和らいでいきました。

そして、次はお子さんへの執着を手放すセラピーを行いました。

その子を心配するのではなく、一人の男として信頼し、そばで見守ってあげられるような父親になる、そんなイメージワークです。

彼はとても素直な芯の強い方だったので、奥さんとお子さんへの手放しもスムーズに進んだようです。セラピーが終わった後、

「なんて言ったらいいかわかんないんですけど、すごくスッキリしています。なんか、嫁も子どもも俺が執着してたことで苦しめてたかもしれないと思いました。帰ったら、嫁に対しても違った対応ができそうです。あと、最後の曲で自分の好きな仕事をしているイメージが出てきました」

と嬉しそうに話されていました。実は、勇樹さんにはやりたい仕事があり、地元にいた時はそれに近いことをされていたそうです。

30までは他の仕事も経験してみたいと数年前に地元を離れ、今のお仕事に就いたそうです。

今の仕事は給料はいいけれど身体がきつく、やりがいを感じられない・・

もう地元に戻ってやりたい仕事をしたい・・

そんな想いが最近出てきたそうです。だけれど、地元に戻るとしたら、奥さんはついてきてくれるかどうかわからないという不安がありました。

実は、心理学には『真実のパートナーと天職(ライフワーク)は同時にやってくる』という格言があります。

彼が好きな仕事に就くということは、彼女が真実のパートナーかどうか見極めやすくなる、ということでもあります。

勇樹さんは今ちょうど、人生の重要なターニングポイントに来ているんだな……と思ったことを覚えています。

そして、面談カウンセリングの一週間後、こんなメールが届きました。

「セラピーの帰り道はすごく楽になって、何故か自然と笑みがこぼれてました。あれから、嫁に対する態度や気持ちが変わってる自分がいます執着心がなくなったからですかね? ただ、変わりすぎた自分をまだ受け入れられてないってゆうか‥‥。

今の感覚はなかなか慣れないもんですね。自分ではそんなつもりはなかったんですけど、思ってる以上にため込んでた自分がいました。だから余計に新鮮と言うかモヤモヤしてるという感じです」

(※掲載のため少し編集しています)

と自身の変わりように戸惑っているようでした。

セラピーでは大きく感情を動かしていきます

『頭ではわかってはいるけれど、感情がついていかない』

というように、心は理屈や論理では納得しないのです。なので、セラピーを通して、感覚として心に理解させる必要があります。

勇樹さんも、大きな気持ちの変化にセラピーの効果を感じたようで、これからじっくりとカウンセリングを受け続けていきたい、とおっしゃっていました。

 

4.少しずつ良くなり始めたところから奈落へ 〜ルーツを癒す〜 へ続く

 

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